東京地方裁判所 平成10年(ワ)1002号 判決 1999年1月26日
原告
吉井記代美
右訴訟代理人弁護士
永井義人
右同
今廣明
被告
株式会社シーアンドピーインデックス
右代表者代表取締役
成松義彦
右訴訟代理人弁護士
三崎恒夫
主文
一 被告は、原告に対し、一〇九二万七六八三円及びこれに対する平成九年七月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、一七〇六万円及びこれに対する平成九年七月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、米国における商品オプション取引に関する被告従業員の勧誘行為等が不法行為に該当すると主張する原告が、被告に対し、右取引によって被った損害の賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実
1 原告は、昭和四〇年生まれの女性であり、平成二年九月から、生命保険会社に勤務し、平成五年からは新入社員に対する指導を行っており、変額保険に関する販売資格も有している(原告本人)。
2 被告は、米国商品取引所における上場商品のオプション取引の受託等を業とする株式会社である。
3 原告は、平成九年二月二八日、被告従業員である関根アキ子(以下、「関根」という。)及び神岡孝典(以下、「神岡」といい、併せて述べる場合には、「関根ら」という。)からオプション取引の勧誘を受け、その結果、原告名義において、別紙オプション取引一覧表記載のとおりの各取引(以下、「本件各取引」という。)が行われた。
4 原告は、本件各取引の結果、別紙オプション取引預かり金受払一覧表記載のとおり、被告に預託した合計一七六〇万〇一八七円から支払を受けた合計三四〇万八三八九円を控除した一四一九万一七九八円の損失を出したが、被告が本件各取引にかかる手数料として受領した額は合計一三八九万円であった(乙八の一〜一一、九の一〜五)。
三 争点
関根らの原告に対する勧誘行為等が不法行為に該当するか。
1 原告の主張
(一) 関根らによる勧誘行為
(1) 原告は、オプション取引の経験のないものであったところ、平成九年二月二八日、神岡からの電話により、オプション取引についての勧誘を受けたが、その電話の内容は、「オプション取引ということを聞いたことがありますか。オプション取引は保険付きで安全な貯蓄です。ついてはオプション取引について説明させて下さい。」というものであったため、話しを聞く気持ちになった。
(2) 原告は、同日の夕方、原告方を訪れた関根らから、オプション取引について、次のように勧誘を受けた。
① 「OPTION」と題する書面(甲一)を示した上で、オプション取引は、究極のローリスク・ハイリターンである。
② 「第一章オプションの基本」と題する書面(甲二)を示した上で、オプション取引は将来のチャンスを期待しつつ、かつ、リスクを和らげるための一種の保険である。
③ 「クールド・オイルオプションお申込概略」と題する書面(甲三。以下、甲一ないし三を併せて、「本件資料」という。)を示した上で、売り(プット)と買い(コール)の両方にお金を分散すれば、一方が保険の役割を果たすので安心である。
④ 運用益は一〇パーセントほどになる。
⑤ 原告は、「先物取引は危険だ」という知識があったので、関根らに対し、オプション取引と先物取引との関連について質問したところ、関根らは、オプション取引は、ローリスク・ハイリターンであって、全く違う旨回答した。
(3) 原告は、関根らの右説明を受けて、その仕事柄、オプション取引は保険付きで安全な貯蓄であると考え、被告との間で、オプション取引契約書(甲四、乙三。以下、「本件契約書」という。)を取り交わし、一九六万〇五一〇円を被告に預託し、本件各取引を開始するに至った。
(二) 被告の不法行為責任
(1) 勧誘方法の違法性
① オプション取引の顧客として予定されている者は、いわゆる機関投資家であり、原告は勧誘不適格者であって、このような原告に対し、無差別に電話で勧誘する行為は違法である。
② 右(一)の関根らによる勧誘行為は、本件契約書一三条一項等で禁止されている不実の告知ないし断定的判断の提供に該当するものであって、違法である。
(2) 取引行為の違法性
① 別紙オプション取引一覧表記載の本件各取引のうち、6ないし9及び12ないし17の各取引は、本件契約書一三条三項ないし四項等で禁止されている一任売買等に該当するものであって、違法である。
② 被告は、約一〇か月という短期間に、本件各取引によって多額の手数料を受領しているが、これは、被告が自らの利益を図る目的で、原告の無知に乗じて無意味な反復売買を行ったものであって、暴利行為として公序良俗に違反するとともに、社会的相当性を逸脱するものであって、違法である。
(三) 原告の損害
原告は、右(一)の被告の違法行為によって、次のとおりの合計一七〇六万円の損害を被った。
(1) 本件各取引による損害
一四二二万五六三二円
(2) 慰謝料 一四二万〇〇〇〇円
(3) 弁護士費用
一四二万〇〇〇〇円
2 被告の主張
(一) 関根らによる勧誘行為
(1) 神岡が、平成九年二月二八日、原告に対し、電話でオプション取引の勧誘をしたところ、原告が詳しい話を聞きたいと申し入れてきたので、同日の夕方、上司の関根とともに、原告方を訪問した。
(2) 関根は、原告に対し、本件資料に基づき、オプション取引が商品相場の変動を予測して行う投機取引であること、オプション取引に伴うリスク、売買注文の方法、損益の計算方法、プレミアム(オプションの購入の際の取得料)及び手数料等について、約二時間にわたって説明をした。
(3) その結果、原告は、同日、被告との間で本件契約書を取り交わし、これに基づいて本件各取引を行ったものであって、本件各取引は、すべて原告の意思に基づき、原告の責任と判断により行われたものである。
(二) 原告の被告の不法行為責任に関する主張については争う。
(1) オプション取引は、商品先物取引とは全く異なるものであり、その損失の最大限度は当初投入した資金額であるから、この意味では損失は限定されている。
(2) したがって、オプション取引におけるリスクの説明については、オプション取引は商品の値動きによって損益が出るものであり、投入金額を超えて損が出ることはない、という説明で十分である。
(三) 原告の原告の損害に関する主張については争う。
第三 争点に対する判断
一 オプション取引の特質等(公知の事実、争いのない事実)
1 オプション取引とは、オプション(選択権)の取引であり、商品などの売り買いについての権利を売買する取引であり、買う権利にかかるオプションはコール・オプション、売る権利にかかるオプションはプット・オプションと呼ばれている。
2 通常の売買契約の場合には、商品などの価格の変動のために損失が生じることになったとしても、必ずその履行をしなければならないが、オプション取引においては、取得した権利に利益が発生すれば、オプションの買い手は、その権利を行使して利益を取得できる一方、損失が発生した場合であっても、その権利を放棄することによって、損失を免れることができる。
3 このため、オプション取引にあたっては、その取得に際して、取得料に当たるプレミアムを売り手に支払うことが必要とされるが、このプレミアム自体が商品などの価格の変動を受けて変動するため、オプション自体の転売買戻し、すなわち、実質的には、プレミアムの売買も行われるのであって、被告が、原告に対して勧誘したオプション取引は、この意味でのオプション取引であった。
4 本件各取引においては、原告は、被告に対し、プレミアムとともに委託手数料を支払っているが、その額は、消費税を別として、一単位あたり、次のとおりであった。
(一) クルード・オイル(原油)
七万円
(二) ナチュラルガス(天然ガス)
七万円
(三) ヒーティングオイル(灯油)
七万円
(四) ウイート(小麦) 五万円
(五) コーン 五万円
(六) ソイビーン(大豆)
五万円
(七) シルバー(銀) 七万円
(八) シュガー(砂糖) 七万円
5 本件各取引は、米国におけるオプション取引であるため、為替の変動による影響も受けるものであった。
二 本件各取引の経緯
1 証拠(甲一〜四、一四、一五、乙一〜三、四の一〜二二、五〜七、八の一〜一一、九の一〜一五、一〇の一、二、証人関根、原告)によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 被告の従業員である神岡は、平成九年二月二八日、原告に対し、電話でオプション取引の勧誘を行ったが、この勧誘は、いわゆる生保レディーの名簿に基づくもので、この際、神岡は、原告に対し、オプション取引が保険付きの安全なものである旨申し向けた。右勧誘を受けた原告は、それまでオプション取引というものは知らなかったが、生命保険会社に勤務していたこともあって、興味を抱き、話を聞いてみることにした。
(二) 神岡が入社間もなかったことから、上司である関根が同行して、同日の夕方ころ、原告方を訪問し、主として、関根が、原告に対し、本件資料を示しながら、オプション取引について、次のような説明を行ったが、関根らは、原告が生命保険会社に勤務していることを知っていた。
(1) オプション取引は、先物取引などと比較して、究極のローリスク・ハイリターンである。
(2) オプション取引は、将来のチャンスを期待しつつ、かつ、リスクを和らげるための一種の保険である。
(3) オプション取引は、少ない金額で高収入が見込めるものであり、コール・オプション、プット・オプションとがあって、一つの銘柄についてコールとプットの両方に分けておくことにより保険の役割を果たす。
(三) 原告は、右(二)のような関根らの説明を聞き、リスクの少ない保険付きの投資であると考えるに至り、被告との間で、本件契約書を取り交わし、リスク開示告知書(乙五)を受領し、関根らに勧められるままに、クルード・オイルについて、プット・オプション一〇単位、コール・オプション一単位を買い付けるために、合計一九六万五一〇四円を支払った。右のうち、七九万三一〇〇円は、手数料及び手数料についての消費税分であったが、関根らは、右の取引において取得できる利益の面を強調し、手数料についての細かな説明をしなかったため、原告は、オプション取引に関する手数料額について、余り認識しなかった。
(四) 原告は、その後も、関根らを信頼し、関根らに勧められるままに、平成九年四月二一日までの短期間に合計一六四六万円余りを被告に預託し、これを受けて、被告は本件各取引を行ったが、原告も、同年六月終わりころには、オプション取引は、関根らの説明とは異なり、リスクの大きい投資であると思うようになったものの、被告に対して既に多額の金員の預託をしてしまっていたため、関根らの勧めにしたがっていくしかなかった。
2 原告は、本件各取引のうちには無断売買あるいは一任売買的なものがある旨主張するが、証拠(乙四の一〜二二)によれば、原告は本件各取引に関する伝票に署名していることが認められる上、原告が、被告に対し、平成九年三月一七日に六〇〇万円を預託していることが明らかであることからすると、原告の右主張及び供述については、これを直ちに採用することはできない。
三 被告の不法行為責任
1 右一及び前記第二の二(争いのない事実等)で認定した各事実によれば、オプション取引は、先物取引と比べると、損失が限定されるという面では大きな違いがあることは確かであるが、一方、① 本件各取引にように、プレミアムの売買により利益を上げることを目的とするオプション取引の場合には、その見込みが違えば、購入金額全額を失う危険性があること、② 本件各取引は、米国におけるオプション取引であり、また、そのために為替変動による影響も受けるものであること、③ 本件各取引にかかる手数料は高額であって、別紙オプション取引預かり金受払一覧表記載のとおり、総買付金額が合計二九九五万〇〇一七円であるのに対し、そのうち一四四七万一一〇〇円が手数料及び消費税の合計額であって、総買付金額に占める手数料等の額が約四八パーセントにも及ぶものである上、本件各取引二二回のうち六回の取引については、その割合が五〇パーセントを超える、すなわち、オプション買付代金の額よりも手数料等の額の方が高額なものであること、が明らかであって、これらによれば、本件各取引は、極めて投機性の高い、すなわち、大きな利益を上げられる可能性がある反面、その投資した全額を失なう危険性が高く、また、オプション取引自体によって利益が上げられたとしても、高額の手数料のため、よほどの利益が上げられないと、実際の利益を上げることのできない仕組みのものであって、一般投資家である原告にとって、その取引の仕組みを十分に理解して、プレミアムの価格の推移等の予測して、その判断の下に売買の指示を行うことは極めて困難なものであると認めることができる。
2 さらに、右二及び前記第二の二(争いのない事実等)で認定した事実によれば、原告が生命保険会社に勤務し、本件各取引の当時において、新入社員に対する指導を行っており、ある程度の経済的な知識等を有していたものであることは確かであるが、一方、① 神岡からの勧誘を受ける以前の原告の投機的な取引の経験については必ずしも明らかではないが、原告は、オプションという言葉さえ知らなかったものであり、神岡の勧誘は、オプション取引が保険付きの安全なものであるという誤ったものであったこと、② 平成九年二月二八日に行われた関根らの原告に対するオプション取引についての説明は、オプション取引は、得られる利益は大きいが、危険性が少ないということを余りにも強調したものであって、さらに、「保険」という言葉を使用することによって、生命保険会社に勤務しており、保険は安全なものであるという認識の強い原告に対し、オプション取引は元本割れをしないような安全なものであるとの誤解を与えたこと、を認めることができる。
これに対し、被告は、原告に対しては、口頭並びに本件契約書及びリスク開示告知書(乙五)等の書面により、オプション取引におけるリスクを十分説明しており、原告はこれを理解した上で、積極的に本件各取引を行ったものである旨主張するが、右1で認定したとおり、本件各取引における手数料は高額であって、プレミアムの取得価格及び手数料等を上回る価格で売却しなければ、実際の利益を上げることができない等という本件各取引の仕組みに鑑みると、関根らは、利益の面を強調し、また、原告が生命保険会社に勤務していることを知りながら、「保険」という言葉(これは、企業がオプション取引を行う場合にあてはまるが、一般投資家がオプション取引を行う場合には、当てはまらないというべきである。)を使用することによって、オプション取引が安全なものであるとの誤解を与えたものであることは明らかであって、被告の右主張は採用できない。
3 右1及び2の各事実によれば、本件のようなオプション取引を、被告が、一般投資家で、投機的取引の経験の程度も明らかでない原告に対して勧誘すること自体相当なものであるかどうかについては疑問があり、したがって、このような原告を勧誘する場合には、信義則上、為替変動による影響、手数料の点等も含め、具体的なオプション取引について、その有する利益及び危険性について、いたずらに手数料の取得を目的として勧誘することなく、原告の利益を考えて、原告に対して十分な説明を行うべき注意義務があるというべきであるところ、本件の場合においては、被告の従業員である関根らは、高額な手数料を取得しようとする余り、右の説明義務を怠り、原告に対し、オプション取引について、誤った、あるいは、誤解を与えるような説明を行った結果、原告が関根らの勧誘に応じて本件各取引がなされたものと認めることができる。
したがって、被告の従業員である関根らの勧誘行為は、全体として違法であり、不法行為に該当するものといわざるを得ず、被告は、民法七一五条に基づく責任を負うものというべきである。
四 原告の損害について
1 原告が、本件各取引によって被った損害は、前記第二の二の4のとおり、一四一九万一七九八円である。
これに対して、原告は、慰謝料の請求も併せて行っているが、本件の場合において、右損失と別に、慰謝料請求を認めるに足りる証拠はない。
2 しかしながら、右二及び三並びに前記第二の二で認定したとおり、原告は、本件各取引の当時、オプション取引に関する知識は余りなかったものの、生命保険会社において、新入社員に対する指導を行っており、また、変額保険に関する販売資格を有している等、投機的取引が有する危険性については、一般常識としては知っていたこと、本件各取引の開始にあたって、元本保証はない旨等オプション取引の有するリスクについての説明の記載がされている本件契約書及びリスク開示告知書(乙五)を受領していること、関根らを信頼したとはいえ、二か月足らずの間に、一六四六万円余りを安易に預託していることが認められるのであって、これらの各事実に鑑みると、原告にも過失があったといわざるを得ず、公平の観点からみて、原告の過失割合を三割として、右1の損害額からこれを控除するのが相当である。
3 そうすると、原告が被告に対して、請求できる損害は九九三万四二五八円となるところ、原告は、本件訴訟を原告代理人らに委任しているところからして、相当因果関係ある損害として、原告は、被告に対し、右に加えて、弁護士費用として、右額の一割にあたる九九万三四二五円を併せて請求できるというべきである。
第四 結論
以上によれば、原告の本件請求は、一〇九二万七六八三円及びこれに対する不法行為時(最終預託日)から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官・横溝邦彦)
別紙オプション取引一覧表<省略>
別紙オプション取引預かり金受払一覧表<省略>